春なんて来なければいい


 仕方ないなんて、言わないで。


 怖い。苦しい。
 泣きたいような気持ちになって、でも綺麗な涙なんて流せそうになかったから我慢して布団に潜り込んだ。温かさと優しさはとても間違いやすい。目を瞑って時計の針の音を数えているうち、なんとか眠れそうな気がしてきた。胸のこの辺りがまだ、もやもやと蟠ってはいたけれど。
 眩しいのも煩いのも嫌だった、筈なのに。いつから静かな夜が苦手になったんだろう?止まっていた時計に電池を入れて、出窓に小さな水槽を置いた。何も音のしない部屋では、耳の奥に何かが蘇ってしまうから。何か。たとえば、真夜中に鳴り続ける電話の着信音だとか、壁越しに聞こえる罵声や叫びだとか、パトカーのサイレンだとか、そういうものが。
 苦いもの反芻しかけて慌てる。思い出さなくていいものをわざわざ思い出すなんて莫迦だ。嫌だ嫌だと意識するから浮かんでくる。だから何も考えない。時計の針の音をまた、1から数え出す。もやもや。もやもや。
 自分を不幸だと慰めていられるうちは幸せなんだと思う。悲劇のヒロインはいつだって世界の中心にいて、緻密に編まれた物語の上を儚く美しく踊っていられる。そして誰もに哀れまれて痛みの中に幸福を見つけるのだ。不幸の言葉の中に、本物の暗闇なんて存在しない。



・・・・・ダメだ、あきた!寝る!