時には昔を想い。


 ふと過ぎったのはいつの記憶だったか。
 見慣れているはずの後姿がひどく寂しげで、掛ける言葉も見つけられない自分が歯がゆくて。いつまでも佇んでいるだけの彼の数歩後ろで、ただこちらを振り返ってくれるまでずっと待っていることしか出来なかった。彼の背中が大きく感じたのは自分がまだ幼かったからだろうか。後姿を眺める自分の視線も今よりずっと上を向いていたように思う。
 窓辺で紫煙を燻らせている彼を見遣る。目線は殆んど変わらなくなった。ほんの少し彼に及ばない今の身長差は、残念ながらこれ以上縮まりそうにないけれど。
 暫くそうして見ていると流石に居心地が悪くなったのか、なんだ、と彼は短く零す。
「なんでもないよ」
 苦笑しつつ返すが彼は不機嫌そうにこちらを横目で睨んだまま、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。間を置かずに新しい一本を取り出す。ヘビースモーカーも大概にしないと相当身体に悪いと思うのだが、何度言っても聞き入れて貰えないのでいちいち指摘するのはやめた。
 聖戦当時は顔を合わす度に言っていたと思う。少しは自制しろ、と。何せいつ見ても咥え煙草なのだ。彼はお構い無しだったが宿舎の中は禁煙だった筈だし、何より自分はあの煙が嫌いだったから。けれど注意は大抵無視され、そうでない時も返ってくるのはうるせぇ、とたった一言。無駄だとわかっていてそれでも言わずにいられなかったのはやはり若さ故か。
 先程浮かんだ彼はどうだっただろう。あの後姿は。
 「…おい」
 思いの外考え込んでいたのか、いつの間にやら傍に来ていた彼の声にはっとする。不快だった煙の匂いもいつしか自分にとって落ち着くものになっており、それは彼の存在そのものがそうであるからに他ならない。あんなにも反発していた自分が嘘のようだった。
 「昔の事を、考えていた。」
 徐に話し出す自分の声を、彼は頷きこそしないものの聞いてくれていた。
 「私はお前を呼びに行ったんだと思うんだが、遠くを見つめながら立っている姿になんとなく声が掛けられなかった。夕暮れで、辺りは燃えるような色に染まっていて。お前が寂しそうに見えたんだ。私はまだ小さくて…」
 そこまで話して違和感を覚え口篭もる。今でも小せぇだろ、と揶揄うように言われて思い至った。自分が彼に出会ったのは、少なくともあの記憶にある程に幼い頃ではなかった。聖戦中の騎士団でのことだから、16かそこらの頃だろう。
 では、あの記憶は誰だったか。
 再び考え込む自分の隣で彼はふん、と溜息を吐いて煙草を弄んだ。片時も手放せないほどそれが好きなのかと呆れすら湧いてくるが同時に否定もする。彼にとっては煙草も、また生活における殆んどの事由も、人間であった頃の自身を肯定する為の習慣のようなものだ。本当なら必要無いのだけれど、「普通ならば当然であるから」という単純なようで抽象的な理由に由来する行為。
 あの記憶は誰だったか。
 再び問い掛けるように考え、不意に理解する。朧気にしか思い出せないそれは、父の姿だった。物心付いた頃には既にいなかった父だけれど、あれがそうなのだと確信できた。自分は彼に父親を見ていたのかと驚きを覚える。そんな風に考えたことはなかったのに。
 「…思い出したよ」
 呟くように言うと彼は興味なさげにそうか、と頷いた。自分もうん、とだけ返す。
 窓から刺す西日が緋色に部屋を照らす。あの日見た夕暮れは夜を待つことなく彼方へ還っていった。


(…某格ゲーの太陽さんと月さんのイメージで書き散らしました。が。彼がヘビースモーカーかどうか僕は知りません。途中で飽きたので関連性が見出せませんが僕の中では一貫したイメージの元に書いたのであって…どうでもいいですが自分の書く文章は言い回しが読み難くて嫌いです。物書きには向かないに違いありません。うーむ。とりあえず寝ます)