言葉の有限を知る


 自分の語彙の少なさには敢えて目を向けないことにする。夜な夜な思うのは、人の言葉への依存。何をするにも、言葉が無くては出来ないのだ、人間は。なのにとめどなく湧き上がる衝動を、僕は言葉にすることが出来ない。世界中のどんな言語を以ってしても、きっと不可能だと、そう思う。言葉は道具に過ぎなくて、そんなことは理解しているけれど僕は言葉を愛しているし、けれどそれだけでは伝うことの無い思いも沢山、抱えている。
 言葉では何一つ表現できないと、そう思う朝がある。世界は美しくて、僕はそれを愛しいと思えるし、けれど「愛しい」だなんて軽薄な響きで世界を愛することなんて誰にも出来やしないんだ。言葉にならない衝動を、僕は仕方なく吐き出す。時に叫ぶように、時に溜息のように。それでも足りなければ醜い腕を叩きつけるように、静かに暴れてみたり。
 人も動物だから、感情に言葉が追いつかないほど心の昂ぶる時、何も言う事は出来ないと思う。破壊衝動はとても本能的なところで人を支配している。生きることとか、愛すること、憤ることもすべて、言葉の届かないところに本当は在る。それらを無理矢理にでも言葉に閉じ込めようとするのが詩人だったり小説家だったり、もっと身近で恋愛中のロマンチストはみんなそうで。安っぽくて嘘っぽい言葉を、さも宇宙の総てのように紡ぐわけだ。僕のように。
 新しく言葉を作ろうとする人はあまりいないように思う。単語という意味ではなく、言語を。エスペラント語を作ろうなんて言い出したのはどこの誰だったか。しかしまぁ生まれてまだ自分の国の言葉を知る前の赤子は好き勝手に言語を作ったりしているそうだ。実はそういうのが一番、人の深いところと密接した言葉なんじゃあないかと思う。そんなマトモで純粋な神経を大人はどこへ置き忘れて育つんでしょーか、不思議でならないんですが。
 思いを、吐き出す術が欲しい訳で。しかも、言葉を以ってして。不可能だといいながらもそれがしたいからもどかしい気持ちになって、だって諦めて動物的衝動のままに発散したらそれでいいはずなのに、それじゃ足りないと思う気持ちもどこかにあって、だから僕は落ち着かない夜を何度も明かしてしまう。きっと今夜も。あぁ、足りないんだ。何かが。言葉の所為にして、本当は欠落しているのは僕の人としての一部かもしれなくて、そこもやっぱり言葉で埋めたいんだ。それが叶わないなら死んでしまった方がマシだと思うほどに。何故かって、世界が愛しくて言葉が愛しいから、けれどそのどちらも、たったひとりの人間を愛してくれやしないから、だから僕は、


ねえ、思いは尽きないのに。